四万十川ウルトラマラソンを走ってきた(エピローグ)

四万十川ウルトラマラソンを走ってきた(エピローグ)

前回まで、前後編という形でレースの前日、当日の模様を紹介しました。終わってからの総括、ということでエピローグ編を追加してみることにしました。

フルマラソンで初めてゴールしたのは 2008年 6 月になります。それから 8 年と少しで数多くのレースに出てきました。

当初は「35歳も超えると太るだけだし運動してなかったら体力落とすな」「体力なくなると、いろいろと嫌だから、ジムで運動でもするか!」とジムに行くものの、マシンでトレーニングをするのが詰まらなくて、外で走ってみると楽しい!それが 2007 年の夏でした。どうせならマラソンに出てみるか!ということで、最初に走ったのが千歳マラソンでした(その後、今年まで毎年出ています)。

その後、「せっかくだからホノルルマラソンに出てみよう」「ニューヨークマラソンって出てみたいよな」とか、海外マラソンに毎年1回は出る取り組みをして、旅行に行くのと合わせてボーナスっぽく楽しんでいました。

ある日、飛行機でどこかに移動中(出張だったのか、旅行だったのかわからず)に「サロマ湖ウルトラマラソン」の記事がありました。なんと 100km のレースがあるのは知っていたのですが、これを 10 回ゴールすると「サロマンブルー」という称号が手に入り、特別なゼッケンが貰えるということじゃないですか。

この時、一度 100km を走ってみたい、そう思ったのです。

これは別に、マラソンのレースに出ていると同じ趣味の知人も増えていきました。

あるレースの帰り「自転車を買って、トライアスロンでも皆でやってみましょうか!」という話になります。みんなはその翌年出場、ただ私はそのころ転職をしてすぐにレースに出れず、2年ほど遅れてトライアスロンを開始しました。

それが 2012年5月で、新島のトライアスロンです。このレースにゴールできると、衝撃のアドバイスを貰います。

「3年後はロングでゴールできるよ」

新島のレースの 4 倍近い距離があるレースに出てゴールできるんだろうか?そう思いながらも、翌年にミドルのレースに出てゴール、そして3年目には5月に新島、7月に徳之島のミドル、そして9月に佐渡のロングということで、達成できました。

達成した時に、私の頭の中に改めて思いました。

「改めて100km にチャレンジしたい、トライアスロンロング出来たから、次は 100km だろう」

でした。無理、と思うと何事も出来ない。そしてチャレンジする機会があるのであれば、トライアスロンのロングのように、覚悟と少しの練習に違いない、と思ってエントリー、すると当選しました。

そしてなんと!初めてのウルトラマラソンチャレンジで、無事ゴールできました。

知り合いの中には、レースに出ても足が痛くなって関門に引っかかるとか、私よりもフルマラソンのタイムが早い人たちでさえもゴールできない。ただ私にあるのは、粘りある走り、どのレースでもこれでゴールをしています。トライアスロンのロングも、ギリギリゴールできる程度なんです。

私は小さいころ、足の病気になり、1年ほど運動ができませんでした。松葉づえをついていました。ペルテスという病気で、今もそういう子供が病気と闘っています。私は、この病気に負けることなく、親からは健康な体を貰い、こういうタフなレースでも走り切る、そういう根性も持つことができました。

幸せを感じることができるのが、幸せなことを考えると、本当になんちゃってアスリートですが、感謝感謝です。

私が「もう100kmには出ない!無理!」とレース終わってから言ってしまいました。笑いながら、「それでもまた出たいと思うのがウルトラマラソンなんだよ(笑)」と言われましたが、気持ちわかります。来年、サロマに出てみようかな、、、と思っています。

そのために、まずは頑丈な体と下半身を作っていこうと思います。来年は、トライアスロンのロング&ウルトラマラソン 100km の両方を改めて達成したいと考えています(今年は宮古島トライアスロン+四万十ウルトラ)。

自分でリミッターをかけるのは勿体ないので、引き続きいろいろとチャレンジしていきたいと思います。お仕事もね。

四万十川ウルトラマラソンを走ってきました(後編)

四万十川ウルトラマラソンを走ってきました(後編)

四万十川ウルトラマラソン、それは 100km を走るという通常のマラソンの倍以上走るという、一般の人にはわからないレース、それに今回はチャレンジしたというお話の後編となります。

レースは午前5時半スタートのため、前日の10時頃には寝て、2時半ぐらいに起きて朝食を食べ、移動をしてレースに臨む、という正直朝から大変やん!というレースです。会場に4時過ぎぐらいには到着するわけですが、それでも人は多数です。

dsc_0003

なぜか計測タグが2つ付いていて、予備なの?とか思っていたのですが一緒に出ている知人に聞くと「2つとも着けるんだよ」と言われます。え?そうなの?と思って会場に行ってからみんなの靴をみると、やはり2つつけています。そうなんだ、、、知らなかった。

dsc_0004

レース 30 分ぐらい前、トイレに行ったり水分の補給をしたり、ということで体育館から外に出ます。体育館の中もすごかったのですが、運動場も人がどんどん来て、盛り上がってまいりました。

dsc_0006

そしてスタート地点に全員移動するように、というアナウンスが流れます。なお、1,650名の枠のため通常のマラソン大会よりはこじんまりしている感じではありますが、それでも人数は多いです!どうなってるの!!100kmのレースですよ皆さん!!!

朝の6時前だというのに、スタート地点の前で太鼓で応援です。いやー、もうおもてなしがすごくて感動します。

dsc_0008

そしてスタート地点に並びます。私はどう考えても遅いので、後ろのほうからスタートをする形にします。そして、よーいどん、5 時 30 分にレースはスタート、私は 2 分ほどしてゲートを超えることができました。これから 14 時間の制限時間(長いようで途中の関門も多数あります)のうちに 100km を走り切る必要があります。24時間のあのマラソンよりも過酷なわけです。

dsc_0010

スタートすると、午前 5 時半、ということで真っ暗です。右側に歩道があり、路側帯なども設定されていますが、なんと最初の 2km ちょっと先までキャンドルロードというのでしょうか、蝋燭がずっと並んでいてすごく綺麗な形です。これ、準備するの大変だと思います。

dsc_0011

キャンドルが切れたあとは、街灯のない道を走るのですが、地元の方が車を出して、ハイビームで道路を照らしてくれます。本当にこの時に感動しました。

さてこの日の天気予報は午後から雨、となっていたこともあり午前中はもくもくと走って距離を稼ぎたい、と思っていました。そう、思っていたのですができませんでした。写真ではわかりづらいと思いますが、15km から 21km までずっと登りです。それも多少タフな登りです。

dsc_0012

一緒に走る知人からは「20kmまで大変ですよ」と言われていたので覚悟はしていました。そして、その 20km を通過します。

dsc_0013

結局、登りは 21km ぐらいまで続き、そこでボランティアの方が「ここで登りは終わり、あとは下りだよ!」と言ってくれます。私の得意なくだりでは、5:30 min/km ぐらいまで速度を上げて下っていきました。くだりも 5km ぐらい続いて、そのあとは平たんな道ながらも、自然を楽しみながら走り、、、、という余裕もなく、「もうハーフマラソン終わったんだけど、全然終わってない」という気持ちの中走り続けます。

まだ下り気味の道のまま、30km を無事クリア。

dsc_0014

38km 手前は応援バスによる応援エリア。応援の言葉を貰って、「次は 62km で会いましょう!」と言いつつ、そこまでハーフマラソンよりも長い距離走るのか、、、と思いながら、もうなんか距離感がわからなくなりつつ走り続けます。

40km の手前で一度パラパラと雨が降ったものの、すぐに止んだのでこの段階では「ちょっと水にぬれて体が冷えたので走りやすくなった」でした。このあと、衝撃の看板を見ることを気にせず、40km を通過します。

dsc_0016

そう、衝撃の看板。

dsc_0017

理解していましたよ、途中でフルマラソンを超えることは。ただ、その現実をまざまざと見せつける、この 42.195km の看板。この看板はこう語ります。

  • フルマラソン終わったよ
  • 残りはフルマラソンよりも長いよ
  • まだ、折り返してないよ

心が折れそうに少しなりましたが、出来ることはただ一つ。走ることです。走ることに一途になるしかありません。幸い、足腰は痛くもない、大丈夫走れる!ということでもう少し走ります。

そしてやってきた次のマイルストーンとなる看板、50km 、ちょうど半分!

dsc_0018

ここに居たボランティアのおじさん「ほら、半分終わったから!あと同じ距離走ればゴールだよ!!」って、あと 50km もある、フルマラソンよりも長い、、、いや、もう残り距離を計算することは忘れて、できることは走ることだけだと思って走り続けます。

続いて、この四万十川ウルトラマラソンで唯一のランナーがすれ違うポイント、沈下橋にたどり着きます。ついつい、ここでは記念写真を撮りまくりました。

dsc_0019

このあと、また新たな壁が現れました。そう、このマラソンは 14 時間が制限時間なのですが、14時間サポートランナーの方が後ろから追いついてきました。えぇぇ、どういうこと?!まだもう少し余裕あると思って走ってたのに!!

サポートランナーの方に話しかけてみることにします。実はこの後、ペースを落として走るそうです(そら、ずっと同じペースは難しいよな、、、50km を超えたところで)。そして、そのペースを教えていただき、それよりも前を走ればいい、のが私の中での結論。とはいえ、話をしていた時は登り坂で、「この登りは歩きます~」と言っていたので、便乗しながらペースのアドバイスをいただきました。登り切ったところで「ありがとうございます、頑張ります」と言い残して、頂いたペースよりも少し早めに、走っていきます。

やっと 60km の看板を見ます。残りはフルマラソンよりも短い!と思った瞬間、なんだこの狂った感覚は!と思いながらも、できることはただ一つ。右足と左足を交互に出して前に進むしかないのです。なお、このころ改めて雨がパラパラと降っていました。

dsc_0022

62km のあたりでエイドステーションがあり、そこには事前に送っている着替えや補給食を食べることができます。先ほど貰ったアドバイスでは、ここで 15 分の休憩を設定している、ということだったので、私は最低限の補給をし、着替えはもう雨ですぐ濡れるので諦めてすぐにリスタート。なお、このころは靴の中では豆ができて、つぶれて、一度靴を脱ぐともう履けそうにないと思っていたので、そのまま行くという英断をしました。

そして確実に降る雨の中、80km を超えます。残りハーフマラソンよりも短いよーと応援の人は言ってますが、単位がおかしいです!

dsc_0023

さて、この後はもう写真がありません。なぜなら、90km を超えるときには暗くなっていて写真を撮ろうにもどこに看板があるのかわからない状況でした。暗い中走り続けます。

実はここまで走っていた時に、多くのリタイアの人を見ました。足が動かなくなって回収車に乗っている人、回収車が後ろから来るのを見て、手を挙げて止まってその段階でリタイアする人。その姿を見て、私もやめたらもう楽なんだろうなぁ、、、という思いがあったのは正直なところです。でも、それ以上に「ここまで走って、まだ走れるのにやめると絶対後悔する」「もう一度この距離を走れと言われても、走れるかわからない、いや走りたくない」という思いを胸に、走り続けました。

「もう足が動かなくなった、だからリタイアした」

「肉離れ、足のけが、なんでもいい、今頑張って走って、何か起こったらそれはそれでリタイアの言い訳になるからいいじゃないか」

そんなやけくその気持ちで走り続けます。

90km 手前で、Garmin のバッテリーが切れて、もう残りの距離がどれくらいかも確認ができなくなりました。軽い登りを走っているかもしれな状況でも、真っ暗な道を、たまにボランティアの方が照らす車のライトを頼りにして走っていきます。

もう走ることしかできない。

すると突然前に登り坂が出てきます。今どこかわからないので横を走っている人に「残り何キロでしょうか?今何時でしょうか?」と聞きました。

「この登りは残り 1km のところで、残り 25分あるので全部歩いてもゴールできますよ!!」

と回答を貰います。えぇ、いつのまに 99km も走っていたのだろう私は、、、

ここまで来たら最後は走りたい、ということで登りだけ歩いて、そのあとの下りは最後の力を振り絞って走り続けます。歩いている人がほとんどの中、最後走りたかったのです。毎年出ている知人からは「最後の 1km はすごい応援だよ!」と聞いていましたが、雨なので応援は控えめです。でも、ラスト 500m ぐらいになると応援が増えてきます。そしてみんな、

「おかえり!」

「お疲れさま、もうすぐですよ!」

「最後、楽しんでください!」

なんて声をかけてくれるんです。私は一人一人に「応援ありがとうございます!」「疲れましたが、もう少し走ります!」「ただいま帰りました、朝から長かった(笑」みたいな感じで、回答をしながらゴールをします。

ゴールするとずっと応援してくれた人、そしてこのレースに出るきっかけとなった知人も迎えてくれて、あぁ、やっと終わったんだーと改めて感じることができました。

終わった、100km のレースが終わった。

13時間45分のタイム、正直タイムとしてはそれほど早くありません。でも、私はどんなレースも、なんとかゴールするのが得意なのです。これを 100km のウルトラマラソンでも達成できました。

ということで、エピローグ編に続く、、、

四万十川ウルトラマラソンを走ってきました(前編)

四万十川ウルトラマラソンを走ってきました(前編)

少し前ですが、10月16日に高知県四万十町で実施された四万十川ウルトラマラソンに参加してきました。このマラソン、100km を走るという普通考えたら「え、何それ?」「普通の人には無理じゃないの?」「24時間テレビだと24時間かけてやってるんだけど、一般の人でできるの?」「走ったらギャラ貰えるの?」という感じになると思いますが、エントリーする人が多くて抽選になり、実は過去2回外れていたのですが、今年初めて当たったので行ってきました。

これのためにたくさんフルマラソンに出たりしていましたが、本番が近くなると本当に走れるの?という思いでいっぱいでした。

羽田空港から飛行機で移動、そのあとツアーバスで一路会場へ、まずはエントリーをします。

img_0078

会場の中は熱気に包まれています。

img_0079

あちこちから応援の FAX が届いています。自分には届いていないのをわかりながらも、他の人の応援を見て「よし、私も頑張ろう」と思いながら、他人の応援を少しだけ頂いておきました。

img_0084

ちなみにこんなステッカーを貰えます。ゼッケンに貼ってください、ということです。記念にも貰って帰ろうと思って使わなかったのですが、このステッカーどこに入れたかな、、、(すでに行方不明)。

img_0091

会場どころか、あちらこちらに四万十川ウルトラマラソンの幟があります。町を挙げて、歓迎してくれているのを感じれます。熱いレースです。

img_0086

前日には前夜祭があり、1時間ほどのイベントですが参加してきました。

img_0101

当然ですが、かつおのタタキをおいしくいただきました。

img_0099

と、ここまでが前編、後編では実際に 100km を走った苦労をまとめてみたいと思います。

Pokemon Go

アメリカでリリースされたので、向こうのアカウントでログイン、アクセスしてみました。


ありますね!ということでダウンロード、インストールも実施します。アプリを立ち上げると手続きが出てきて、


画面、当然日本語になっています。あとはログインをして、キャラクターを作ってという形でさくさくっと開始できます。

とりあえず、まだ日本にはモンスターは何もいないのかな、サービス開始してないから。


ちなみに夜になると画面は暗くなります。


これ、バッテリー食いますね、間違いなくw

函館マラソンを走ってきた

函館マラソンを走ってきた

今年は北海道新幹線開業ということで、例年9月に開催されていたハーフマラソンが昨年6月にハーフマラソンとなり、今年は第一回のフルマラソンということで参加しました。

記念すべき大会ということで、NHK BS1 で放映をしているランxスマの撮影もしていました。走っているペースが似た感じだったので、もしかしたら映ってるかもしれないので録画をしないといけません(笑

DSC_0593

会場はいつもと同じ陸上競技場ですが、おもてなしフェスタというのが準備されていました。残念ながら天候が悪いということで、あっという間に終わりました(というか現金持ってなかった)。

DSC_0596

スタートの前には、恒例の(?)応援団によるエールがあります。以前、2回ほどハーフマラソンの時に参加していますが、毎回この応援はすごいなぁと聴き入ってしまいます。

DSC_0600

レースはスタート、非常に多くの人が参加しているため、私がスタートできるのに 5分ぐらいかかりました。

DSC_0601

天候は写真を見ていてただくとわかりますが、曇り、気温は 14度未満という6月末だというのに寒いです。そして、13km を超えたあたりから雨が降ってきて、20km ぐらいの時にはリタイアしたほうがいいのではないか?とか思いました。最後まで頑張りましたが。

それはさておき、このレースはすれ違いが多いのが特徴です。1km ぐらいの違いであれば、5回ぐらいすれ違うことができます。折り返しが多いレースなんですよね。次の写真は 13km のころ、折り返してというところで、このあたりが一番高さのある場所でした。

DSC_0602

30km を過ぎた頃には雨も止んで、冷たい風も少し収まって、リタイアせずに走りきろう!という気持ちにようやくなり、ぼちぼち頑張っています。するとどうでしょう、函館山が顔を出して(さっきまでガスが出ていた)、こんな感じで迎えてくれました。

DSC_0605

レースとしては非常にいいコースです。街中を走るので、函館観光も五稜郭以外は一通りできる感じです。ただ、空港への道の封鎖、街中の道路の封鎖の時間が非常に長いので、地元には非常に負担になっているかもしれません。実際、タクシーの運転手さんに聞いたら、朝から道路が封鎖になってしまい、飛行機に間に合わなかったお客様がいたとかどうとか。

函館はマラソン以外にも美味しい食べ物、温泉が充実している私の好きな観光地です。マラソン以外でもまた行きたいと思います!

新島トライアスロンに行ってきた

新島トライアスロンに行ってきた

4年連続の出場となるトライアスロンレース、新島トライアスロンに21日に出てきました。3年前に初めてトライアスロンに出て、その翌年にミドル、昨年はロングのレースに出るなど、着実に距離を伸ばしていきましたが、そのきっかけとなったのが新島トライアスロンです。

実は金曜日まで仕事が入ってしまい、例年前日入りをして新島のレースに備えているのですが、今年は当日に移動することになります。とはいえ調布から飛んでいる飛行機で一路新島まで!10時40分に調布を飛びたち、11時20分に新島について、12時半のスイムチェックに間に合う、そんな感じの移動の予定でしたが、飛行機は乗る人が早く揃ったので10時30分に出て、新島空港に到着した時はお迎えの車よりも私が先に着く、というぐらい早く移動できました。

F53CFF37-7180-4FA6-B1C6-9ADAAA55227C

ちなみに新島の海、こんな感じで綺麗なんですよね(写真はレース翌日のもの)。綺麗な海を 750m x 2 ということでスイムは 1.5km とロングのレースからすると短い!と思えるのが私の成長ですね。

82FA6019-3124-4A54-8191-DBFA6E610442

新島について、宿では自転車を組み立ててもらっていたので素早く受付にいくことができ、無事レース出場の準備が整った形です。というか、船がまだ到着していなかったので、受付もガラガラでした。

DSC_0538

自転車の空気圧をみたり、サドルの位置を調整したり、と忙しかったのですが準備はなんとか殿のいました。

結果は?というと順位でいくと 402 名がゴールしている中、私の順位は 383位です。一緒に出ている知人には1時間以上待たせてしまう状況でした。いつもすみません。

とはいえ、スイムは昨年より少し早めに終わらせることができ、バイクはなんと過去最速!ランは昨年よりもちょっと遅いのですが、トランジションで着替えをしない分、新島トライアスロンとしては最高タイムを記録することができました。

実は、毎年4分ぐらいタイムを短くしているので、5年後には3時間を切ることができるのでしょうか、ちょっと無理だと思いますがあと5年ぐらいは続けたいですねw

レースが終わったら毎年恒例の居酒屋で打ち上げです。いやー、酔っ払いました。昼に運動した以上のカロリーを取った気がします。

3873019D-5D39-4988-BE41-D75F3238F0E0

帰りはフェリーで、飲み会をしながら帰ります。フェリーの甲板でこんな感じであちこちで飲み会が展開されている状況です。6時間、ゆっくりではありましたが飲み続けました。疲れた。毎年、天気がいいレースです。

6F110A74-E17B-4639-BFCE-153D58C84B7F

横浜についてあとは電車で帰る、いやー楽しいレースです。今年初めて参加した人もいるけど、楽しかったと言ってたのでよかったです。それにしても、毎年私は最後にゴールなんですよね(笑)

DSC_0548

また来年も行こうね、みんな!

仙台ハーフマラソンを走ってきた

仙台ハーフマラソンを走ってきた

少し時間が経ちましたが、ゴールデンウィーク明けの日曜日に仙台ハーフマラソンを走ってきました。スタート地点は楽天の球場があるあたりに陸上競技場があるため、仙台駅から歩いてスタート地点までいきます。

DSC_0523

荷物を預けてスタート地点に向かうと、すでに多くの人が並んでいます。ウェーブスタートで私はすごい後方スタートでした。みんな、座って待っているんですね。これだときちんと行列が作れる、ということかな?よくわかりませんが、みんな座ってて5分前に立って詰める、という感じでした。

DSC_0526

スタートしたあと、後ろの方ということもあり数分遅れでスタートしました。この日は本当に暑かった!とにかく歩くことなく、のんびりでいいので走りきる、そんなイメージを持ちながらスタートをしました。

DSC_0530

途中、仙台市役所の近所の並木道を走っていると、様々な応援が繰り広げられています。下の写真はその中の一枚です。ここは影もあり、非常に涼しく走ることができました。

DSC_0534

当日暑かったこともあり、無難に水をかぶりながら走ってました。ラストスパートをかけたら2時間切れるかも?!と思ったのですが、最後3kmぐらいのところで倒れている人がいて、これまた AED を使っているっぽくて、無理をしてはいけない!ということでその後のんびりと走ってゴールしました。

5月とはいえ快晴になるとすごく熱くなりますが、コース全般でいけばそれほど高低差がなく、仙台の街中を走るので非常にいいレースでした。

これで都道府県としては 23 都道府県を達成、次のレースに出れば 47都道府県としては折り返しになります。その折り返しのレースはおそらく7月末の秋田のレースになると思います。