人間の脳みそには無限の記憶領域があり、しかしながら整理をするためには使わないところに収めたり、ある意味忘れるという能力も持っていると思います。悲しみをいつまでも持っているというのはつらいことでもあるので少しづつそのつらさを忘れていずれはそのことを明るく話せるようになったり、ふとしたことであることを思い出すということは日頃は使わないけど大切なので引き出しに入れておいてという風になっています。

例えば、私は DEF LEPPARD の曲で TWO STEPS BEHIND というのがありますが、この曲は学生の頃に聞いていたのをふろ思い出してしまいます。盲腸で入院をして、手術が終わったあとに家から持って来てもらったラジオで FM802 をつけると「新曲です」ということで流れていたのが鮮明に現れるのです。ただ、曲を聴いていないときはそんなことはすっかり忘れています。

続けて覚えている記憶の例としては、大学の頃の友達と今でも守っている約束があります。その内容は内緒ですが(聞きたい方は、飲み会の席でこっそり聞いてみてください)、そのことを守り続けることでその友達は今でも私の中で大切な存在として存在しています。ただ、いつもそのことを考えているわけではなく、やはりどこかに整理して入れてあります。

ミーティングでの話はすぐに忘れてしまいますので(いかん!)、メモをきちんと取って大切なことには一貫性を持たせるようにしています。ただ、スケジュールは覚える気がさらさらないので、 Outlook 様の言うとおりで動いています(たまにキャンセルが来てなくてぼーっとすることもありますが)。

コンピュータのメモリは電源が切れると消えるものもあり、また電源が通っているときも相互に干渉してうまく動かなくなることがあります。最悪再起動するわけですが、人間の脳みそは再起動をすると大変なので、そういうことが起こらないような仕組みとして動いている、そんな気がします。ですから、忘れるということは大切な機能の一つであり、また記憶の中に整理しておくというのも重要なのです。

だから、忘れる大切さというのはきちんといれておけば、今日を楽しく生きて未来に向けて明るく生活することができるのだと思ったり。

なぜ、こんなことをふと思って書いているのかというのにも理由があります。実は今朝、阪神ファンな私は「デイリースポーツ」を購入しようとしました。ただ、この時期はどの新聞も有馬記念が1面になるのです。ということで、今日は急いで購入して間違って違うスポーツ新聞を買ってしまいました。で、電車の中で「そういえば、去年も同じようなことしてたよなぁ」と思い出したのでした。

忘れるということの大切さを実感したそんな朝でした。


追伸

同じ本を2回買ってしまったりするのも、以前に話をしたことと違うことを言っていてもそれは以前のことを忘れているからなのです。スターバックスでコーヒーを買って「赤いランプの下で。。」といわれて歩き始めたときに仕事の話を思い出して、気づいたら会社に居て受け取るのを忘れたりとか。。。。そうです、別に覚えてないのではなくて。。。(来年も同じようなブログを書いてないように祈る)。

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