この記事の前に書いたのは、船の中で Air H” Phone の Opera が使える端末で書いてみました。正直、ちょっと無理がありますね。。。ということで(?)、移動のあとのレポートはこちらで。

軍艦島は通称であり、本当は長崎県高島町端島といいます。今は無人島になっていて危険なので上陸をすることはできません。しかしながら、ツアーがあって 3000 円ばかりの料金で参加をすることができます。このページが詳しく書いてあります。

ということでフェリーに乗って一路軍艦島に向かいます。

軍艦島へ

ちょっと外は日差しがあたるのですが、ど真ん中に座っているのは角田さん、いい場所とりましたね~。で、湾内のいろいろな案内を受けながら軍艦島へと向かっていきます。しばらくすると、遠くのほうに見えてきたが未来少年コナンののこされ島、じゃなくて軍艦島です。

軍艦島へ

他の島とはシルエットが違うので、「あ、あれだ」と遠くから見ていてもわかりました。船はじわじわと近づいていき、船内のアナウンスが流れます。昔、こんなちっぽけな島に 5000 人もの人が住んでいて、小学校や病院など一通りそろっていたそうです。当時の東京の人口密度の何倍ということで(数字忘れました)、日本で一番人口密度の濃い場所だったそうです。すごいなぁ。で、近くまできてだいぶ島の形が見えてきます。

軍艦島へ

どんどん寄っていってもし人がいたら手を振っているのもわかるぐらいまで近くに来ました。

軍艦島へ

建物もすごく古いのですが、島としては真ん中のあたりにある部分以外はすべて埋立地、そのため軍艦の壁のようなものが回りにあるような状況です。下の右側の写真なんかは軍艦にちょっとずつ似てきましたね。

軍艦島へ 軍艦島へ

大きな建物もあります。波が高い日とか台風のときは、空から海水が降ってくるようなことがあったとか。ちょっと納得。で、ついでに記念写真を2枚ほど撮りました。

軍艦島へ 軍艦島へ

このあと、一番軍艦のように見えますというポイントに船は移動をしました。そこで撮った写真が下のとおりです。本当だ、なんとなく軍艦です。

軍艦島へ

実際には廃墟となったこの島ですが、炭鉱のみの産業だけだったということもあり現在は無人島、そして廃墟になっているということに、時代の流れを少し感じることができ、また当時は炭鉱の仕事というのは花形だったらしく、世間ではまだテレビが少なかったころにすべての家庭にテレビがあったそうです。

軍艦島へ

また違った歴史の体験でした。

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