Archive for 7月 27th, 2010

楽しかった仕事シリーズ – Microsoft.com 担当

入社して1年目から6年近くやったのがこの Microsoft.com の担当でした。当時は Windows 担当だった人がいたのですが、半年ほどするとその人は辞めてしまい、気づいたら製品担当としては私がチームの人を見ながら見るという状況になりました。

そしてしばらくすると、TechNet 担当の人もサブスクリプションに集中する、ということで Online は私にやってきて、TechNet Online も担当することになりました。そこまで来ると、Microsoft.com の全体の 6 割近くは私の担当する範囲(もちろん、アシスタントの人もいますが)、残るはパートナープログラムやライセンス、そして MSDN と大きなサイトもありますが、統率する必要が出てきて、トップレベルのアクセス権を持つことになりました。 Microsoft.com/japan の配下、全部書き換えができるように。

もう思い出を羅列すると長くなるのですが、キーになるのはいくつかあります。TechNet は後日別途書きますが、それ以外でいくと以下の3つがやっぱり大きいですね。

  • Codered / Nimda / Slammer などのセキュリティの脅威
    製品の脆弱性を利用した大規模な問題が発生した時は、情報を素早く伝えるという部分、そして社内での連携が求められました。当時は関係する製品のトピックに関しては、製品担当者が決めて更新をするということになっていましたが、これに関しては集中管理して、セキュリティに関しての問題が起これば掲載をする、また関連製品のニュースレターにもトピックを掲載する、という取り組みをしました。
    また、TechNet サイトでの情報提供のスピードアップを図るために、事前に作業依頼が入れば夜中でも更新をする体制を取りました(まぁ、徹夜確定とかそういう体制でしたが)。そして、この経験を活かして、セキュリティチームにて情報提供ができるようになど、いろいろと変更をして私の役割は終わりましたが、当時はどうしたものか!という感じの仕事でしたが、それを素晴らしい人たちと一緒に仕事できたのは、今となっては楽しい思い出です。
  • Microsoft.com のライブラリ対応
    製品のページでは、Microsoft.com のライブラリを使った効率のいい作業ができるように、とライブラリが提供されていたのですが、実は本社が提供しているライブラリは日本語を正しく扱うことができない場合が多くありました。そこで、本社のソースコードを参照して、日本語を扱うことができるようなパッチを当てたライブラリを作成して、それを展開したりしていました。
    たまに、本社の大本のところに問題があれば、エスカレーションをして直してもらい、最終的には本社のライブラリで使えるようになりましたね。このときは、日本にも Microsoft.com テクニカルサポートチームがあって、そこと連携するパターンでした。そして ASP.NET になるのと同時に CMS Server に対応するときには、TechNet を皮切りにどんどん作業をして、本社でもできなかった完全コンバートを達成しました。早期にテストに混ぜてもらい、最初から2バイトに対応することができました。とはいえ、この仕組み自体は TechNet ではすでに終了していたりします。
  • 各種製品のラウンチキャンペーンのサポート
    製品が出るときに、タイミングよく製品のサイトを立ち上げることは非常に重要です。なので、新しい製品のスケジュールを聞いたら、本社側の担当者に話をしてもらってプランを貰ってもらうのですが、これが流動的なのです。オンラインだと、すぐにできるのと、スケジュールを気軽に変更できるというのが、対応を遅らせてしまうわけです。
    そこで私は、本社のサイトをアップする前の原稿を調べて、それをコピーして先にローカライズをして、公開されたものとの差分を調べて、差分を翻訳するという取り組みをしたりしました。また、翻訳に関しては当時はいろいろとややこしくて、パートナーチームが翻訳していたり、製品チームが翻訳していたり、本社が翻訳をしていたりと2重3重で翻訳をしていることがありました。これは無駄だったので、翻訳プロセスをなるべく一元化して、重複して翻訳しないようにという取り組みも始めました。
    一番すごかったのは、Windows Server 2003 でしたね。この製品、日本語版が発売されたときは 100% ホワイトペーパーも含めて翻訳しました。翻訳会社を複数使って短期間に翻訳する必要が出てきたり、出てきただけでなくてレビューもしないといけません。私も簡単なものであればレビューをしてアップしたりしました。

最後の製品のラウンチに関しては、実は1点楽しくない部分がありました。というのも、実はどの製品もラウンチしてラウンチパーティとか関係者を呼んでやるわけなのです。そして、私も関係者として呼んでもらえるのですが、その頃は次の他の製品のラウンチに関わっていてパーティに参加することができないという。。。。

とはいえ、この時に本当に多くの人と一緒に仕事をすることができました。それもどれもスーパーな人たちが多かったですね。それこそ、翻訳の予算を貰いにいったら「いくらいる?効率よく使ってね」とか、当時はそんな時代でした。

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